いつ頃からだろうか、月に話しかけるようになった。月は友達。遠く離れていてもしばらく忘れていても必ず戻って来る。夏の夕空に三日月がそっと姿を現す時、冬の深夜に満月が煌々と輝く時、思わず月に話しかける 。「ああまた、久しぶり」と親友のように話しかける。月は答えない。でも何かを語りかけている。

この想像の友情は、恐らく子供の頃、デンマークの童話作家アンデルセンの「絵のない絵本」を読んだ記憶から始まったと思う。この作品は、コペンハーゲン に出て来たばかりの若い貧しい画家に、月が世界を旅して見た物語を、彼が住む屋根裏部屋を通るたびに、自ら話して聞かせるという趣向になっている。大都会に唯ひとり、寂しさのあまり絵も描けない画家。この人こそ、童話作家として成功する以前のアンデルセン青年であろう。或る夜遅く疲れ果てて部屋に戻った画家がふと窓を開けると、故郷の田舎で慣れ親しんだあの満丸い黄色の顔がいつものように微笑みかけている。そして画家に語りかける。「古い友よ、元気を出しなさい。私はまた戻ってくる。次に来た時に、地球を一周して見た話をしてあげよう。君はそれを絵に描きなさい。」

月が最初に語ったのは、生い茂った葦の林をかきわけてガンジス河の川辺にやってきた黒髪のヒンダスの娘の話であった。足元に待ち構える毒蛇も顧みず、娘は水辺にしゃがみこみ、小さなランプに火を灯しそっと川面に乗せる。ランプは波間に浮き沈みながらも川下に漂って行く。その行方を一心に見つめる娘。ランプの灯は遠く去りながらも消えない。娘が叫ぶ、「あの人は生きている」。その歓喜の声が木霊となって谷間に響き渡る、「あの人は生きている」。娘はランプの灯火に願いをかけていた。もし火が消えれば、許婚のブラーマン青年は生きていない。火が燃え続ければ彼は生きている。

こうして月は画家を訪れるたびに旅先で見た面白い小話を語り、画家はそれをひとつひとつ絵に描く。いつか画家は寂しさも忘れて絵に没頭し、絵も売れるようになった。この逸話をアンデルセンにあてはめると、あの有名な多くの童話も月と話しながらから生まれたのだろうか。それはともかく、この童話を読んで以来、月が人に語りかけるという想定が心に残り、今でも月を見ると話しかける。いつでもどこでも見かけたら話しかける月は想像の友達であるが、月が画家に語ったヒンダス娘が灯火に祈ったように、密かに月に願いをかけるのは私だけではないのだろうか。

もうすでに三年になる。ワシントンで全米文化人類学学会の総会で、1年前に亡くなった夫の業績をたたえ、元同僚や大学院生が特別分科会を設けて最近の研究成果を発表してくれた。私も夫の未完成の論文をスライド写真と合わせて読み上げた。分科会は多くの参加者もあり盛り上がった。その夜はホテルで快い疲れを覚えてすぐに眠りに落ちたが、次の朝は何故か早く目がさめてしまった。起き上がって窓の厚いカーテンを開けると、ビルが立ち並ぶ暗い空の果てに、朝焼け色に染まった満月が浮かんでいた。その瞬間夫を思った。分科会の成功を喜ぶ夫がいた。私は自分が見たいものを月に見た。その朝の月はいつもの友達の優しさよりも自然の神秘さに満ちていた。

「花かご」より転載

山中啓子さん略歴: 静岡県出身。社会学者。カリフォルニア大学バークレー校エスニック学講師。アジア系アメリカ人の家族、女性、世代に関する授業と、アジアにおける労働移住と多文化主義にかんする授業を教える。研究では、主に東アジアの移民政策と移民の社会統合について調査、出版。