『風邪の効用』   野口晴哉(のぐちはるちか)著  ちくま文庫

「風邪は治すものではなく、経過させるものである」、また「風邪自体がすでに治っていくはたらきである」と、この本の著者の野口晴哉さんは言う。

野口晴哉さん(1911‐1976)は、若いころから道場をひらいて多くの人に施術をした治療家で、後に社団法人整体協会を設立して、整体法に立脚した体育的教育活動をした方である。普通のどの病気よりも風邪がやっかいだったことから、多くの患者を観察することを通じて、人を12通りの類型に分けた「体癖論」を考案し提唱した人でもある。その人の持つ「体の癖」に応じて、風邪の引き方や経過のしかたも違うのだそうだ。

初心者向けのある東洋医学講座の中で、野口晴哉さんと「体癖」という考え方に出会って、いつかは著作を読めたらと思っていたところで、月例の古本市でこの『風邪の効用』と、もう一冊『体癖』という本を手にすることができた。

この『風邪の効用』は、(おそらくは健康に対する意識の高い)一般の人たちを対象にした講演会の形式で書かれている。内容は、風邪とは何かから始まって、人間の体が持っている自然の力についてなど、わかりやすく説明されている。書かれたのはもう60年近く前であるが、いまだに読み継がれている。

読んでいくと「活元」や「愉気」など独特の用語や、具体的な施術の方法など多少専門的な内容が出てくるが、そのあたりは読み飛ばしても、基本的な健康や風邪についての考え方を追っていくだけでも読む価値があると思う。世間一般とは異なる考え方や処置について具体的に説明がなされており、それにはおどろかされたり、深く考えさせられる点が多い。

例えば、なぜ風邪を引くかといえば、「健康な体には弾力があるが、体を使っているうちにある一部分が偏り疲労状態になって、弾力性が欠けてくるため」なのだそうだ。風邪を引いて、正しく経過することで、この鈍い部分の弾力が回復するという。つまり、風邪というのは病気ではなくて、不摂生などによって偏った体をもとに戻そうとする現象ということになる。風邪を引かない人は、本当に健康か、または体が鈍いかのどちらかであるそうだ。

さらに、「風邪がはやる」という情報を聞いたりするなど、いろいろな思い込みで風邪を引くこともあるという。また潜在意識のレベルで風邪を引いたと考えることでそれが現実になったり、病気になることで回りの人からやさしくされたいがために風邪が重くなったりするなど、風邪の心理学的側面についても、事例やユーモアを交えながら語られている。

風邪を引く前であれば、気合のようなもので引かないようにすることもできるが、いったん風邪を引いた後では、気張ってみたり、軽く見たり、あるいは闘おうとすると、かえって悪くなったりするという。「できるだけ、人間の持っている自然の力で暮らしていく。そういう自然の力がたかまって体は強くなってくる。早く回復することがよいのではなく、自然に流れ、体の持っている力をスムーズに発揮すれば、それがよいのである」ということだ。

本書の内容は、「思考は現実化する」や「引き寄せの法則」といった心理学的な考え方や、最近の脳科学や免疫学などの研究成果からすると、当たり前になってきた面もある一方で、いまだに、あるいは分かってはいても、体に備わっている自然の力を無視して、あわてて目前にある症状を抑えたり、できるだけ早く治さなければという思いにとらわれてしまうのが常ではないだろうか。

書かれている内容が正しいかどうかは専門家に譲るとして、健康や病気に対する考え方を根本から変えてくれる一冊ではないかと思う。

技術翻訳家・自然写真家  樋口昭夫

編集者あとがき

ひまわり会古本市は多くのボランティアの方々に支えられ、長年にわたってイーストベイを中心とした日本人、日系人のコミュニティに愛されているイベントである。残念ながらコロナウィルス流行の影響で3月は中止となったが、次回5月17日の日曜日(4月は例年お休み)にはぜひお立ち寄りいただきたいと思う。また、それまでには発症者数が収束傾向にあり、このようなイベントがつつがなく開催できるようになっていることを切に願う。

さて今回、技術翻訳家であり、また自然写真家の樋口昭夫 氏から、この「ひまわり会古本市で出会った一冊」についての書評をご寄稿いただいた。あなたもひまわり会古本市でぜひお気に入りの一冊に出会っていただきたいと願っている。

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