ここ3年、毎年6月にソウルに出かけている。 リサーチが目的で1−2週間滞在する。 いつもソウル市庁舎近くにある同じホテルに泊まるので、その辺りには大分慣れた。 昨年、ホテルから歩いて10分のところにYMCAがあり、そのプールが一般にも公開されているのを発見した。 これは願ったり叶ったりと、早速毎朝通い始めた。

 最初の日、朝7時半にホテルを出て、8時10分からの自由水泳の時間に合うように到着。 ロッカールームで水着に着替えてシャワールームに入り、頭から水をかぶって、プールに移ろうとすると、後ろから「シャワー、シャワー」と叫ぶ声が聞こえる。 振り向くと、カウンター係の女性が私に身振りでシャワーを浴びなさいと言っているようだ。 訳がわからずまわりを見渡すと、他の女性たちは裸でシャワーを浴び石鹸やシャンプーで身体を洗っている。 「えー、プールに入る前に身体を洗うの」と驚きながら、私も郷に入っては郷に従うことにした。

 その後濡れた身体に水着を着せようとすると、これが大変。 何とか水着を腰あたりまで引っ張っていると、誰かがトントンと肩を叩く。 はっと横を見ると、近くでシャワーを浴びていた中年の韓国人女性が笑みを浮かべながら、まあ任せてとばかりに私の水着をグイッと掴み、肩まで持ち上げてくれた。 さすがと、私も彼女と目を合わせて、「アッハハー」と大笑い。 「Thank you, thank you」と握手をして、プールに進んだ。 翌朝、また彼女が水着の着衣を助けてくれた。 言葉を通さない友情が芽生えた。

 1年後YMCAのプールに戻った。 あの女性がいるかなと見渡すと、いるいる、同じ場所でシャワーを浴びている。 近寄って挨拶したが、私を覚えているかはどうかはわからない。 その後彼女が歯磨きをしながら、私に朱色のシャワータオルを手渡して、これを使いなさいと促している。 「Oh, thank you」と受け取り、それで背中を洗い、使用後に返した。 彼女は嬉しそうに受け取る。 その茶目っ気な表情が、1年前と変わらない。 そんなやり取りが毎朝続いた。 ある朝自由水泳が始まる前に、彼女と並んでプール脇に座ると、彼女が両膝に残る手術痕を指差し、「これのリハビリのために毎朝ここで水中ウォークをしているの」と身振りで示した。 ああそうだったのかと、私も彼女がプールに毎朝欠かさず来る理由が理解できた。

 やがて週末が近くなり月曜日の出発を意識した私は、小さなプレゼントを用意した。 日本から持って来た桜模様の手ぬぐいに、ホテルのフロントデスクで韓国語に訳してもらった短い英語の手紙を添え、彼女に手渡した。 彼女は一瞬驚きながらも微笑んで受け取った。 翌日最後の朝、ロッカールームに着くと、彼女が待っていて、私の手を引っ張り自分のロッカーに連れて行く。 中から「はいこれ」と小さな包みと韓国語のメモを渡す。 開けてみると、明るいピンクのシャワータオルである。 ユーモアたっぷり。 彼女と一緒に「アッハハー」と大笑い。 「Thank you, thank you」と握手をして、プレゼントを受け取った。

 後に韓国語のメモには、「私の名前は、ヒュンミ。 私と友達になってくれてありがとう。 また会いましょう」と書かれていたことを知った。 そのシャワータオルを貴重な友情の象徴として、今も大切に使っている。