3月10日、才藤千津子同志社女子大学准教授をお迎えしての茶話会がUC Berkeley Center for Japanese Studies とひまわり会の共催で UC の東アジア研究所会議室で開かれました。

才藤千津子准教授は、宗教学、特にグリーフケアーが専門で、臨床心理士でもあり、いのちの電話研修委員としてボランティア相談員の訓練、また小児がんのこどもたちとそのご家族のサポートにも携わっておられます。 

アメリカ人と国際結婚し、アメリカに住んでいる新一世(戦後アメリカに来た世代)の日本女性達が、配偶者を亡くした後どのような生活をしているか、地域の団体、教会等とどのような関係を持ったか、その後の人生をどのように生きて来られたかを研究されました。

グリーフを単に「悲しみ」と訳したのではニュアンスが充分伝わりませんので、日本では最近カタカナで「グリーフ」と云う場合が多いようです。人が愛する人を無くした時、何が起きるか、どんな反応を示すかは複雑です。先ず悲しみ、そして怒り、怒濤の様な感情を経験します。体が反応して病気になる場合もあります。人は生きている限り、愛する人がいる限り、死ぬまでグリーフを体験し続けます。結婚もある意味ではグリーフの原因になります。結婚して日本を離れた時、全てを断ち切って来たと云う人もいました。人は“人”と云う字の様に人間関係で自分を構成して居ます。私と夫、私と子供、と云う様に配偶者や家族の一員として生活しています。愛する人が突然居なくなると、今まで築き上げた人間関係が崩壊してしまい、いきなり新しい世界に放り出されて喪失感を感じます。失業も離婚もグリーフを呼び起こします。

悲しみは病気ではありません。異常な事でも無く正常な感情です。
でもストレスが多いとなかなか日常生活に戻るのが難しい場合もあるので、悲しみを人と分け合う事が大切です。グリーフは必ずしも否定的なマイナス面だけでは有りません。喪失感からただ逃れれば良いと云うのではありません。
 たとえば、夫を亡くしてからいろいろな事を学び直し、前に進み、より強くなった人もいます。車の運転を始めたり、小切手を自分で書く様になった人も居ました。ものの見方が変わったと云う方も居ました。
「人を大切にしなければ。明日は命が無いかもしれないから。」
「人を思いやり、自分と同じ苦しみを感じている人が居たらその苦しみをシェアーしたい。」とおっしゃる人もおられました。ただ悲しみに翻弄される犠牲者であるだけではなく、打ちのめされるだけではなく、自分自身で自分の新しい生活を作り上げていくことも出来るのです。

グリーフに対する考え方は文化によって違います。
誰も近親者の死は辛くて恐ろしいと思っていますが、それに対する反応は文化により違います。例えば、日本ではお盆の様に亡くなった人をお迎えして、食べ物等を備えて生前と同じ接待をする習慣があり、お墓や仏前で亡くなった人と対話をする文化もあります。
ラテン系の文化にも似た様な習慣があります。

日本では東北大震災の後、人の考え方が変わり「悲しみの文化」が形成されて来ていると云う学者もいます。東北地方は古くから仏教が地域に深く浸透していますが、東北大地震の後にはキリスト教、神道等のいろいろの宗教家達が合同で慰霊祭を催しました。そのひとつの例として、お坊さんが Café de Monk (カフェで文句)というカフェを開き、地域の人達が自由に集まり話せる場所を作ったとユーモアたっぷりの写真を見せて下さいました。

外国に住んでいて一番大変な経験は、自分の文化を懐かしむホームシックの気持です。「実は、私もホームシックにかかり、毎日ウエブサイトで故郷の京都のお店を覗いて、明日はあの店にうどんを食べにいこうと空想したり、帰ったら真っ先にあそこに行こう!とか考えています」と皆さんを笑わせました。

アメリカで配偶者を無くした人はさらに厳しい体験を強いられます。悲しみに加えて、移民として感じる社会の不正義に対する怒りです。配偶者を無くしただけでなく、社会が私を受け入れてくれない、社会が私を差別すると云う圧迫感です。

悲しみは人に聞いてもらい、分かち合う事が大切です。死や人間の弱さを否定する傾向があるアメリカの文化の中では、悲しみや弱みを分かち合う事が難しい様に思いますが、それでも地域のグループを捜してお互いの悲しみをシェアーする事が大事です。今日のような集まりで話し合うのもいいでしょう。悲しみを人と分かち合い、前向きに進む事が大切です。

後半は、出席者が自分達のグリーフの経験をシェアーしました。
配偶者を亡くした後は、ホスピスのサポートグループに入って話すことが悲しみを和らげたというお話がありました。アメリカのメモリアルデイは、亡くなった人を思い出す日であること。故人の洋服をとっておいてそれに語りかける。写真を飾って亡くなった伴侶に語りかける。参加者として出席されていた医師は、亡くなった人にコミュニケーションをするということは、(死への)恐怖が和らぐという傾向があるといわれており、自分の死への準備として有効な手段である。自分が亡くなった後も誰かが思い出してくれるであろうという希望にもつながるとお話をしてくださいました。

友達からの具体的な援助がとても役に立った。たとえば、手作りの夕食、お弁当やおにぎりがとてもうれしかった。近所のアメリカ人が親切にしてくれたことに感謝した。家族や親類は助けにはなるが、同じように悲しみを負っている時は、家族の援助を期待するのはむずかしい。死別に対して怒りがあった場合は、家族内で怒りをぶつけあうことがある。友達同士の助け合いが非常に大切である。自分が死亡した時にどうしたらいいか葬儀等について家族に話しておく。又は、文書に書いておくことが死亡時に役立つ。Advance Health Care Directive は、用意する。ひまわり会が去年発行した「人が亡くなった時にするチェックリスト」を参考にする。

仕事が自分を支えた。介護をしていた女性は、「この人もわたしと同じ様にグリーフの経験をしてきた。」と思うと、介護に精が出た。日本に住んでいれば、毎日買い物をしたり、近所付き合いや家族の世話に追われて一日が過ぎるが、アメリカ生活は自由時間がありすぎるので、時間をもてあます。人のために役立つことをする。趣味を持って楽しく過ごす。落語や漫才を聞いたりして笑うようにしている。花や植物を育てることは心を落ち着けた。自分に何らかの問題がある時には、公共の機関に助けを求めて、だまっていないようにする。さらに日本語の通訳を求めることが、日本語のサービスを受けられることに繋がります。

色々の年代や男性も含めた27名の出席者の間で、とかく話し難い題をリラックスした雰囲気で判りよく話して頂けたと好評でした。

今回素晴らしい会場を無料で提供して下さり,コーヒーやお茶まで出して下さったCenter for Japanese Studiesのディレクターで、ひまわり会の会員でもある、澤田貢美さんに大変感謝致します。