5月5日、午前9時15分発 ポートランド行きのアラスカ・エアラインは満員だった。荷物を預け、早めに席に座れた夫と私は、次々と乗客が乗り込んでくるのを見るともなく見ていた。次第に座席よりも早く荷物の収納棚の方が埋まっていき、空いている棚を探すために荷物を抱え、狭い通路を右往左往する人たちが出てきた。その中で、ノースリーブの健康そうなアジア系の若い女性が、スーツケースをひょいと頭の上に載せ人の列をスイスイをかきわけ、それを高い棚の上にわけもなく押し込めたのには驚いた。私などあの重そうなスーツケースを持ち上げることができないばかりか、仮に持ち上げても頭に載せたら首の骨が折れただろうと。ところが、その女性が偶然にも私の隣の席に座った。フライトが平行飛行になり、機内が静かになったとき、ひょんなことで会話が始まった。彼女(仮にAさんとする)は38歳。サンカルロスに住んでいて、カイザーでソーシャルワーカーをしている。白人の夫との間に7歳と4歳の子供がふたりいるという。レークタホを背景にした幸せそうな家族写真を見せてくれた。私も自己紹介をし、38歳の長男がポートランドにいて、4歳の子供がいること。今回はこの孫の誕生日のお祝いで夫と二人で訪ねていくことなどを話した。Aさんが私の息子と同い歳であること、お互いに4歳児がいることなど、共通の話題が多く、話はふくらみ、弾んでいった。 そのうち、小さな子供に人気があるというMagnetileというパズルの話になった。肩を擦るように狭いエコノミークラスの隣の席の私の目の前で身振り手振りでMagnetileについて語るAさんの右腕の肘から先に前腕部はなく、つるりとした肘の先に小指のようなものがついているだけということに気がついたのはその時だ。 一瞬、スーツケースをヒョイと頭に載せた姿が頭をよぎった。けれど、私の驚きを知ってか知らぬでか彼女の明るいくったくのない表情は一切変わらない。彼女はポートランドにいる女友達を訪ねていくという。そのお友達に最近、女の赤ちゃんが生まれたので手伝いに行くそうだ。「これがお祝い」と言って足元のバッグから取り出して見せてくれたのは黒い髪のアジア系の女の子の抱き人形。ポートランドのお友達もアジア系だそうだ。「貴女はアジアのどの国から?」と聞くと、Aさんは「私は韓国生まれだけど、赤ちゃんの時にアメリカ人の養女になったの。父は中国系アメリカ人、母は白系。17歳の時、家族で韓国に行ったけど、今度は自分の家族を連れて行きたいと思っている」と語った。アナウンスがあり、やがて飛行機は着陸体制に。「よい旅をね。いろいろ話せてとても楽しかった」と言って別れた。

春海真理子

(花かごより転載)